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昨日おとうしゃんは夜回り先生こと水谷修氏の講演会に行きました。 私も聴きたかったな。 パンフレットを見てみると、 「いま、子どもたちは」=非行、犯罪、リストカット、OD、摂食障害、自殺= という演目で、日本いのちの電話連盟、社会福祉法人いのちの電話、社会福祉法人埼玉いのちの電話主催とあります。 “いのちの電話”かぁ・・・。 そういえば学校から持ち帰ってくるお手紙の中に、その電話番号などを書いたカードがあったような・・・。 自分の気持ちを誰かに知ってもらう、わかってくれる人がいるという思いがあるだけでも、非行(ひと括りにしてしまうのは乱暴かもしれないけど)を食い止めることはできるのかもしれません。 けれども誰にも何も相談せず、自分のうちで想いだけが膨らみ、ある日突然己の皮を食い破って抑制されていたものが解き放たれてしまったら? そんな時、周りの者たちは(私も含めて)「おとなしい子だったので、驚いた。」なんて言葉で片付けてしまいそうで、怖い気がします。 でも気づいてやれる? かっこ悪いこと、恥ずかしいこと、・・心配を掛けそうなことを隠しておきたい年頃の子どもたち相手に、ボーっとしてたら取り返しの付かないことになっていた、ってありそうな気がする、・・・私の場合。 ここ数年、様々な講演会を聴きに行く機会があり、よく耳にする話は、 「3歳児神話とよく言いますが、それは違います。手が離れてきたなぁっと思われる、小学校4年生あたりから中学生ぐらいまでが一番大切な時なんですよ。お母さんはしっかり家に居て子どもの話を聞いてください。」でした。 わぁ〜、まさに我が家もそんな年頃に突入するではないですか。 “話を聞いて受け止める“・・・自分もそう、それだけですっきりしたりするものね。 あとは美味しい?ごはんとゆっくり寝るところがあれば、大丈夫かな?っと思いたい今日この頃です。 ・・・明るく楽しい我が家を目指しましょう! 思いをうちあける・・・、相談された者は、彼を止めることができるのでしょうか? 彼とは、『青の炎』の主人公櫛森秀一、湘南の高校通う17歳の少年です。 彼の母と妹との平和な3人暮らしが、ある日破られます。 闖入者は母の離婚相手の曾根でした。 秀一の家に居座り、傍若無人な振る舞いは母のみならず、妹にまで及ぼうとしていたのでした。 警察も法も、話し合いすら成立しない曾根を相手に秀一が取った行動とは? 罪を犯すことはもちろん許されることではないけれど、 「ではどうしたらいいの?誰が助けてくれる?」と、こちらまで八方塞に陥ってしまいそうで、これはもうしょうがないよなぁ・・・と思うことはやはり罪? 朝からずっと、激しく打ち続けていた心臓の鼓動。そして祈るような思い。何もかも、うまくいきまうように。もう一度、平和な朝が、取り戻せますように。結果として、祈りは、天に聞き届けられなかった。完璧だと思った計画は、信じられないほどあっさりと破綻を来し、これから、その報いを受けなければならない。 そんな秀一の思いは、切実で純粋でラストはあまりにも悲しい・・・。 けれども秀一の為は、ああ、良かった。邪魔が入らなくって・・・と思うのです。 普通、被疑者に対して、警察は何か手を打ってるものじゃないか?(尾行するとか、監視役?付けとくとか)そう考えるのが普通だから。 自分が高校生の頃、こんなクラスメートがいたら、どうかな? 頭が良すぎてついていけない・・・自分とは世界が違うっと遠まわしに見ているようなタイプでしょうか。 犯罪を扱ったテーマでありながら、高校生のみずみずしい感覚に溢れ、 明るい太陽の下、海岸沿いの道をロードレーサーで駆け抜ける姿の表現がとても綺麗。 秀一は良い友達に囲まれ、大切な家族と暮らしていた生活をも、全力疾走で駆け抜けてしまった・・・? “世界の蜷川“さん監督、二宮和也君主演で映画化されているので、こちらも観てみたいと思います。 |
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毎度毎度、出版社からリベートもらってる?? |
shiho 2007/11/05 17:26 |
そう、二宮君、侮れない・・・。 |
cochi 2007/11/06 08:34 |
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